ご挨拶

脳とホルモン分泌を考える会の代表であり理事長の阿部琢巳です。

このたび、「脳とホルモン分泌を考える会」を発足致しました。本会は脳とホルモン分泌の関係を詳細に研究・検討し、脳疾患と内分泌学の発展に貢献することを目的としております。さらに内分泌学のみならず脳とホルモン分泌に関するさまざまな分野の研究者と交流を図り、医学の発展に貢献したいと考えております。宜しくお願い申し上げます。

以下、私とホルモンの関係に関して、少々、述べさせて頂きます。

さて、私の専門分野は脳神経外科ですが、そのなかでも人間のホルモン分泌の中枢である脳下垂体に発生する下垂体腺腫をライフワークとして臨床及び研究に取り組んで参りました。脳下垂体とは重さが約700mg、大きさが7-8mmの非常に小さな脳組織ですが、ホルモン分泌の中枢であり、これがなければ生きていけないくらい重要な器官なのです。下垂体からは成長ホルモン・甲状腺刺激ホルモン・副腎皮質刺激ホルモン・プロラクチン・卵胞刺激ホルモン・黄体刺激ホルモンなどが分泌され、体内のさまざまな臓器にはたらきかけホルモン分泌を促します。下垂体の一部の組織が腫瘍化したものが下垂体腺腫です。下垂体腺腫には腫瘍細胞がホルモンを過剰に分泌しホルモン過剰症状を呈するタイプとホルモンを分泌せず視神経が腫瘍により圧迫され半盲などを呈するタイプがあります。たとえば、成長ホルモンが多量に分泌されると巨人症や先端巨大症という病気になります。これらの病気にかかると身長が異常に伸びたり、顔貌が変化したり、手足の先端が大きくなったり、高血圧や糖尿病、さらに心臓も大きくなり心不全になったりします。また、癌にかかりやすくもなります。プロラクチンが多く分泌された場合は、生理不順になり、乳汁が分泌されたりし、女性不妊症の原因になります。簡単に言うと妊娠してもいないのに体が妊娠したかのような状態になるということです。甲状腺刺激ホルモンが過剰に分泌されると甲状腺が刺激され甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、いわゆる甲状腺本来の病気であるバセドウ病と同様に、手のふるえや動悸、痩せなどみられるようになります。このように下垂体腺腫の症状は脳腫瘍でありながら全身にホルモン過剰症状を引き起こすいわば全身病なのです。これらの病気は難病(特定疾患)に指定されており、所定の手続きを踏めば医療費の控除を受けられます。

下垂体腺腫の治療の原則は経鼻的腫瘍摘出術です。鼻の穴から顕微鏡や内視鏡を用いて腫瘍を取り除く手技です。脳下垂体は解剖学的に頭の真ん中の一番深いトルコ鞍という骨で囲まれた領域にあります。ここは鼻腔内からは最も近い場所なので、脳腫瘍といえども鼻の穴から摘出できるのです。私は、この手術の世界的権威であるドイツ・ハンブルグ大学のLuedecke教授(その当時)のもとに約2年間(1995年-1997年)留学し、この鼻腔内からの手術の技術を徹底的に学びました。帰国後、この鼻の穴から行う手術を日本に普及させました。その当時、全国から多数の脳神経外科医がこの手術を見学するために私のもとを訪れました。また、手術中に血中の各ホルモンを測定するシステムを構築し、具体的には成長ホルモンとプロラクチンですが、腫瘍が全部摘出し得たかどうかを何となくではなく、血中のホルモン値から正確に判断できるようにしました。この技術を使えば、画像上、全部摘出できる可能性の高い腫瘍(海綿静脈洞に浸潤していない腫瘍)であれば、必ず、全摘出できるわけです。今までに約1000例近いこの手術の経験があり、その手術成績の良さは高く評価されてきました。今までに本当に多くの下垂体腺腫の患者さんを紹介していただき、治療に専念して参りました。手術で完全に取り除くことができず、術後も成長ホルモンを過剰に分泌している下垂体腺腫に対して、ホルモンの過剰分泌を抑えるためにオクトレオタイドやランレオタイドといわれる薬剤を定期的に注射し治療しています。成長ホルモンの分泌が少ない(成長ホルモン分泌不全症)患者さんには成長ホルモンを投与(自己注射)し、治療しています。このように手術後の患者さんの経過は手術の結果に関わらずきちんと管理して参りました。

私の学位(医学博士)の研究は、「ラット視床下部室傍核における心房性ナトリウム利尿ペプチド含有ニューロンの超微構造ならびに神経支配-免疫電顕的観察-」と題し、その当時、日本で発見され世界的に話題となった心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)が視床下部―下垂体系においてバソプレシン(尿量を抑制するホルモン)と結合し体の水分量の調節に関係していることを証明したものでした。研修医のころから人間のホルモン分泌、特にその中枢である脳下垂体に興味をもち研究を始めました。その後は、手術時に摘出した下垂体腺腫の組織を用いて、さまざまな分野の研究者たちとともに研究を進めました。病理学者と協力して下垂体腺腫の摘出組織の免疫染色や増殖率などを測定し、再発率との関係を導き出した研究や、遺伝子測定技術を応用した遺伝子診断、なかでも薬学部の研究者たちと共同研究した「ヒト下垂体腫瘍におけるプロラクチン放出ペプチド受容体発現の解析」は、非常に高く評価され文部科学省より科研費や他の高額な研究費も頂きました。下垂体腫瘍のMRIによる鑑別診断や画像解析装置を用いた再発率に関する研究など、画期的な数多くの業績を残して参りました。このように私の人生において、内分泌学、とりわけホルモン分泌の研究・臨床はかけがえのない存在なのです。

私は、上記のような経験を踏まえ、日本間脳下垂体腫瘍学会の理事、日本内分泌学会の評議員などを務めております。学会での発表や論文業績も多数あります(別項参照)。学会や製薬会社主催の学術講演会や市民公開講座などで多数回講演してきました。また、海外からの講演依頼や手術指導依頼もあり、講演や手術指導をしてきました。私は、この分野では国内外問わず日本の第一人者であると自負しております。また、甲状腺疾患の治療で有名な表参道にある伊藤病院に事務局をおくアジア環太平洋内分泌会議(APEC)の理事も務め、下垂体のみならず、甲状腺、乳腺、婦人科系、泌尿器科系を専門とする先生方とも深く交流を持っております。

このたび、手術を行う脳神経外科医としての第一線を退くことを決意し、その闘志や志をこの研究会の運営・発展に生かすことにしました。関係分野の先生方、ホルモン関係の薬剤を扱う製薬会社の方々、内分泌学や脳疾患に興味をもつさまざまな分野の方々、時には、これらの病気に苦しむ患者さんや患者さんの家族などを交えて講演会や勉強会を開催し、医学の発展に貢献し、病気に立ち向かっていきたいと考えております。

これからもご指導・ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。